2022年06月20日 [聖者]
NO645・・・スワミと菩薩行
満月行と寒さと雨の為か?少し体調を壊しかけ、今朝は2度寝で目が覚めたら8時でした。おまけに昨日抜歯で食べる物はスープだけでしたが、これも神が腸の掃除をしなさいとの事でしょうから、特別お腹が空いた感じはありません。今日も雨みたいなので、温泉に行ってホームページの整理をして、太陽を待ちます。ドッグランやトマトなどの緑が水を求めていたので、私にとっては恵みの雨です。
■本題・・・・菩薩行とは
菩薩様は、見返りを期待しないで、人々にエネルギーを送る一方通行なのですが、ただ単にエネルギーをばらまいているのではなく、菩薩さまに手を合わせる人のみに送る事が出来るシステムになっています。菩薩さまは石造などや香木で作らていますが、本来はエネルギーですから、信仰の造形物がなくても、手を合わせて対象の菩薩様にお願いすれば良いのですが、私たち人間は、形があった方が対象が分かりやすいために物に手を合わせます。
インドの乞食はお金がないために、神像を買う事が出来ませんので、風に舞って落ちてきた神様のポスターなどに手を合わせています。ゆえに自分の好きな神様でなくても、拾った写真がたまたまカーリ神だったらカーリー神にお願いすることになります。そのお願いごとの一番は、今日も食べれるように、多くの施しをお願いします。で二番が健康に関することが多いようです。
ですので、信仰とは、お金がなくても出来ますし。遠くインドまで行く必要がない事になります。が、これは、あくまでも信仰であって、私たちのように法を求める者は、そうは行きません。足を棒になるまで、秘境であろうが、どんな危険なところであろうが、どんなに年数がかかろうが、行動しなければ巡り合えないものなのが普通なのですが、簡単に手に入るとありがたみを感じないのでしょうか?
多くの人はチャンスを逃がしてきたと、後から振り返って思います。また、簡単に価値のわからない人に与える交渉をしたかなと、思う時もあるのですが、ババのシンボルを作るための建設費に追われていたので、バーゲンセールの連続でした。結果、安物買いの銭失いで、今では数人を残してありがたみは消えていると思われます。法に当たるのが早すぎたのですね。機が熟してない時に大聖者に簡単に巡り合ったのですね。
私がスワミの補佐を行った12年間が菩薩行で、誰よりもスワミの裏も表も知っている第一人者であることは言うまでもありません。ファーストステージとセカンドステージでは、スワミが営業をしていたのです。このオイルがいる者は手を挙げて。手を上げない人には、お前、何故手を挙げないのだと悪徳セールスマンのように追い込みをしていました。そらそうでしょう。ツアー費をやっと捻出して参加している主婦に向かってそれは、無いでしょう。
それを2回見た私は、リーダーになる時、スワミに汚い事は私がやるので、一切営業はしないように確約を取りましたが、その後も私に隠れて営業するのを見たことがあるのです。その行為を私たちは一本釣りと陰で言っていたのです。それでスワミとの直接交渉は禁止したのですが、人間って奴は、直接スワミにお金を渡したいのでしょうか?後で、みんな手抜きをされぼやいていました。釣られたのですから仕方ないですね。「魚の親が・・・坊やその餌は危ないから食べてはいけませんよ。」と言っているのに、食べたのだから、当然の結果なのです。霊性の道も同じで道を知っている人の横か後ろを歩かなければ遭難するのです。遭難とは、悪の道に誘い込まれるということです。
「みなさん。スワミは世間で言われているような立派な人ではないんですよ。インド人なのですよ。今良ければいいんですよ。今だけなんですよ。明日や将来の信用なんて気にしてないんですよ。先にお金を与えたら手抜きれますよ。」とアドバイスしても、そんなことは無いと誰も信用しなかったですね。自業自得ですから、ぼやくだけでした。
そのような時期、KENZOは私たちからお金を集めて自分だけ特別な行を授かっているとの、やっかみが少数から出てくるようになったのです。本当にどこにもいるゲスな考えの人がおり、周りを巻き込むのですね。文句があれば、自分だけ一人で去れば罪も作らないで良いのですが、その人は大きなカルマを背負う事を知らないのです。これらの行為は、裏仏教では、五虐罪といわれ、この五つを犯した者は絶対神・仏にしないという掟がある事を知らないのです。中には、自分の生徒に貴女にはまだ早いわよと、プログラムの受講を止めさせるのです。
あんたは神か?生徒でも貴方より魂の高い人がいることを知らないのですか?弟子の成長を止める行為であり、折角ババに近づけるチャンスを奪う行為は五虐罪(ごぎゃくざい)に当たるのです。カルマ発生ですね。それも大カルマです。ババと私の邪魔をしたのですから大カルマです。その人は、私を見るな、ババを見なさいと教えなければならないのです。そして、貴方の直観に従いなさいと指導しなければならないのです。それを、誤ると永遠に直感力(ミラクルの1つ)が得られないのです。インドでよく見かけた光景ですが。お寺に行って、100ルピー(200円)お賽銭をしようと思っている人に、そんなにしなくても良いよ。10ルピーで十分だよと指導している人がいました。結果カルマの解消が少なくなりました。・・・・
五虐罪の一番目は、親不孝をしてはならない。この尊い人間界に生を授かったのは、親がいての事だから、絶対親不孝はしてはならない。目でにらむことも、口でののしる事もしてはならない。二番目に師を傷つけてはならない。に、続いて法座の邪魔をしてはならない。人を同調させて一緒に去ってはならない。これらのどれかに当てはまる事を平気でするのですから、度胸がいいと言うのか、無知というのか?恐ろしい事を平気で行い。大カルマを積むことになるのです。
それらの時期が来ていたので、私は正観さんとウッシーに相談して、生徒と師の関係を絶つことにしたのです。スワミと生徒の交渉役(ネゴシエーター)に徹するようにし、今後、全てのグッズや法は要らないと断言したのです。スワミは気持ち良く了承(ババ公認)し、その日から、スワミの横を共に歩くようになったのです。これが正解だったのですね。それまでは、私たちをコントロールして置けば、どうにでもなるのであろうと思ってか?2〜3年はアートマリンガムは3人の誰かが拝受していました。アートマリンガムについては後日書かせて頂きます。
確かに、スワミに釣られていたこともありますが、多くは実力なのです。私は実力で、その後もいろいろ拝受するのですが、これは仕方ない事でスワミとは五分の交渉をしていました。そらそうでしょう。私が企画してスワミが実行役ですから、手抜きしたら、私は怒りますし、喧嘩もしますよ。これが、できなければ多くの人は会費は払ったが実は無かったで日本に帰ることになるのですから、私はやりましたよ。大聖者相手に戦いましたよ。これも何らかの縁(ババの後ろ盾)がなければできなかったでしょう。当時ジーザスに手抜きだと文句を言える側近がいたでしょうか?少し考えれば分かる事ですが、私は絶対にスワミに言ってはならない事も言えるネゴシエーターに徹したのです。結果はババに全てを任せて行ったのです。
このように菩薩行を行うには、人々を救済することがお役目ですから、人々を対象に考えなくてはなりません。そして、見返りを求めるのではなく、全身全霊でその人を助けなければならないのです。その地位が菩薩であり、菩薩はそのお役を全うした後は、如来(神・仏)になる事が約束されいる修行僧なのです。人間に生まれ、数々の試練を乗り越え、53段階を目指していきます。東海道53次とは、この仏教から当てはめれているのであり、53段階に登ったものは落ちることがない位でもありますから、心配することなく、お役を果たせば良いのです。
ゆえに、東海道を歩くにおいて、追剥にあったり、人に騙されたり、また谷底に落ちたりといろいろの試練があるように、修行の道には、師を疑ったり同門をライバルしたりと、試練がありますが、それに耐えたどり着くところが53番目なのです。そこを目指すのが人間に生まれた目的なのです。ゆえに人生で悩んだ人は53番目を目指す為に生かされていると明確に知る必要があるのです。
スワミは、好青年に会社に残るべきか、霊性修行に入るべきかと相談を受けた時、すぐ辞めてアシュラム来なさいと即決しました。これが人間に生まれた目的であり、ありもしない、幸せを求め続けるのは、迷路のようなものであり、どこまで行っても到達点は無いのです。至福感を味わえることはないのです。そんな幻を追い続けるより、必ず結果がある菩薩行をすべきと思うところです。この道は苦しいですよ。私がスワミと生徒の板挟みになり、人間の泥泥を見続けたり、たとえ陰で悪口を言われても、詐欺師と言われても、相手が殴りかかてきたら、殴らせ。その相手にも愛を与えなければ、たどり着けない道である事を、肝に銘じて進むことをお勧めします。この道は古人の大聖者より永遠に引き継がれていく道なのです。菩薩道なのです。人間が大きくなる道なのです。1億円ドネーションするより尊い道なのです。神の為に奉仕して自分が神(さとり)になれる道なのです。お金を必要としない修行の道なのです。
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