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2021年08月28日 [除霊]

NO273・・・3.海にかえる

インド寓話集

海の聖者が魚たちに説法していた。
「私たちは、海によって生かされている。その海とはなにか、知らなければならない。それを知ったときはじめて、真のよろこびを得ることができるのだ」
一匹の魚がそれを聞いて、海を知りたいと思った。 海はよろこびの本源だという。それならその源泉を捜しあてて、真の幸せを得たい。
魚は海を探す旅にでた。 行く先々で、海を悟った師がいると聞けば、訪れて、教えを乞うた。

「海とはなんですか――?」 と魚がたずねる。
師は両手の平をさしだして、 「これだ!」 と言う。 しかし、手の上にはなにもない。
「なにもないじゃないですか?」 と魚が問うと、師はにっこり笑って、 「すべて、ここにある!」 と言う。
魚は理解できないが、礼を言って、そこを辞す。

別の師のところでは、こう問う。
「海はどこにあるのですか――?」
師は人差し指をたてて、 「ここだ!」 と言う。 魚は混乱するばかりだ。

こうして、彼は世界中の海を旅して、多くの師に教えを乞うた。 ある師は「祈りなさい」と言い、別な師は「瞑想しなさい」と言った。 問うと、いきなり棒で叩いて、「わかったか!?」と聞く師もいれば、なにを聞いても、黙って沈黙している師もあった。

何年も、何年も、魚の探求はつづいた。 さまざまな師を訪ね、有名な道場(アシュラム)で修行をつんだ。 うつくしい珊瑚礁の海に遭遇して、「これが海だ!」と思ったこともあった。 真っ暗闇の深海を探索して、「この静寂がそれだ!」とよろこんだこともあった。 しかし得たと思ったものはすべて、いつも、いつか消えてしまった。

魚はだんだん探求に疲れてきた。 不思議な形をした岩やうつくしい珊瑚礁、いろいろな海藻や貝類、大小の魚たち、海のなかの世界をいろいろ学んできた。しかし、海がなにかということはわからなかった。 何年も探しつづけたが、海は見つからなかった。 魚は消耗し、疲れはて、悲しみ、あせり、絶望していった。

あるとき、魚はおいしそうな食べ物を見つけて、ひょいと口の中に入れてしまった。 それは漁師の釣り針だった。魚は、海からぽ−んと釣り上げられてしまった。 生まれて初めて、海から出てしまったのだ。 突然、まったく見知らぬ世界に入りこんだ。全身を焼けつくような感覚がおそってきた。魚は、この危機から逃れようと、船板のうえで一生懸命もがいた。

漁師は煙草をくわえながら、魚の口から針をはずし、つぎのエサを用意していた。 魚は、死にものぐるいで暴れた。なにもかも忘れて、そこらじゅうを蹴りまくった。 空はぬけるような青空だった。 ばたばた暴れていると、なにかの拍子に魚の身体はぴょ−んと舟板をけって、また海のなかにぽちゃんと落ちた。
そのとき、魚は海を知った。

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